芭蕉林通信(ブログ)

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2020年04月27日 原野で会った乙女

 ステイホーム週間を迎え人との接触率を8割削減するよう要請されているが、幸い自宅が田舎にあるため人とは会わずに、つまり三密にはならずに散歩やウォーキング、サイクリングなどを楽しんでいる。なにしろ自宅の前は川、後ろは山なのである。今ならば庭に咲いているヤマブキ、モッコウバラ、いちはつ、クリスマスローズ、紫蘭などを摘んでは好きな花器に活けたりもしている。

 それはそれとして、休日の一日阿蘇の原野でワラビ狩りをせんとて半日のドライブを決行した。言い訳をさせてもらえば、あくまでも誰も知らない、従って人との接触の恐れが全くない秘密の場所を目指したのである。連休中とはいえ阿蘇に向かう車は少なく、自粛要請の効果が上がっていることに感心した。果たして7〜8年ぶりに行った原野は昔の面影を色濃く残していた。

 ここは私のファミリーの思い出が多く残っている場所であり、 晩春にしては冷たい風を体に受けながら急傾斜の山を降りて行った。ワラビ山を目指す途中に窪地がある。ある時期からこの窪地に咲いていた野生のサクラソウが見えなくなった。盗掘されたのかと心配したものだ。ところが、この窪地に野生のサクラソウが咲いていたのである。感激したことは言うまでもない。結局、ワラビ山へ行く道を忘れてしまいワラビの一本も取れなかったのだが、それよりも阿蘇の原野にひっそりと咲く可憐な乙女に会えて大満足したのである。

2020年04月24日 探し物の見つけ方

物忘れがひどくなった今、掃除や整理をさぼったりすると途端に探し物が多くなる。特に緊急を要する物や大事な物が見つからずに焦ったことは再三である。だが最近は何かがなくなっても気にしないように努めている。 理由は探してもないものはないと達観したこと、いずれどこからか自然に出てくるだろうと楽観するようになったからである。

 今朝は、爪切り、銀行から下ろした現金、万年筆ケースなどが行方不明になった。結局爪切りは机の引き出しの奥から出てきた。現金は読もうとした本のページに挟んであった。万年筆ケースは出勤カバンの奥に納まっていた。

最近一番感激したのは、YouTubeを見ていた時、ずっと探していた歌が奇跡的に現れたことである。歌の日本語名は「愛はかげろうのように」。原題は「I’ve Never Been To Me」。この歌も無理に探さないで自然に見つかったものの一つだ。しかし今世界中の人が必死に探しているものがある。それが新型肺炎の治療法であり、新型肺炎のワクチンである。こればかりは見つからないままのんびり待つ訳には絶対にいかない人類の探し物と言える。

2020年04月15日 野戦病院の思想

 韓国のコロナ対策が世界の賞賛を浴びている。楽観的な言動に終始し国民の信頼を失いつつある日本政府とはえらい違いだ。最近の報道では、WHOが韓国のコロナ対策を評価し、ムン大統領に講演してくれるように要請したとの報道があった。韓国の民族としての特異性は日本が嫌うところだが、ことコロナ対策の早さは注目に価する。

 国力や経済規模においては日本が韓国の優位に立っているが、個別にみると日本が韓国に劣後している分野が出てきている。サムスンの躍進などはまさにそうだ。また現今のコロナ対策においてもしかりである。なぜこういう状況になったのか考えていている時に、ふと韓国の強さの一つを思いついた。それは韓国には野戦病院の思想があるのではないかということである。

 野戦病院とは戦時下において傷ついた兵士を治療するために、戦場近くに開設する病院のことである。北朝鮮との有事に備えて徴兵制を敷く韓国は、いざという時の臨戦態勢を整えているように思われる。ドライブスルー方式や隔離型のPCR検査により日本とは比較できないほど検査数を一挙に増やした。それに比べて、平和ボケした日本の政府や官僚が、前例主義、手続き主義、既得権益の擁護に終始しているように見えるのは錯覚かあるいは私の目がかすんだせいかよく分からない。

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